ソビエト大衆音楽

ソビエト時代のVIAと呼ばれる大衆音楽を主に紹介、翻訳していきます。

Белоруссия (ベラルーシ)

А. Ставер 作詞
Ю. Семеняко 作曲


ナチスドイツとの大祖国戦争第二次世界大戦)を舞台にしたПеснярыの曲です。


Белый аист летит, над белесым Полесьем летит
Белорусский мотив в песне вереска, в песне ракит
Все земля приняла - и заботу, и ласку, и пламя
Полыхал над землей небосвод, как багровое знамя


Молодость моя
Белоруссия
Песня партизан
Сосны да туман
Песня партизан
Алая заря
Молодость моя
Белоруссия

Наша память идет по лесной партизанской тропе
Не смогли зарасти эти тропы в народной судьбе
Боль тех давних годин в каждом сердце живет и поныне
В каждой нашей семье плачут малые дети Хатыни

(※繰り返し)

Белый аист летит над Полесьем, над тихим жнивьем
Где-то в топи болот погребен остывающий гром
Белый аист летит, все летит над родными полями
Землю нашей любви осеняя большими крылами

(※繰り返し)

日本語訳

白いコウノトリは飛んでいく 純白のパレーセを飛んでいく
ヒースの歌 柳の歌のベラルーシの楽想だ
苦悩、愛情、そして炎を大地は受け止めた
朝日の赤紫色に染まった旗のように 虚空は燃え上がった


我が青春
ベラルーシ
パルチザンの歌
松と霧
パルチザンの歌
赤い夜明け
我が青春
ベラルーシ

我らの記憶は林の中のパルチザンの小道に続く
小道の修繕はできなかった 人民の宿命だった
あのときの苦しみは今も皆の魂に宿っている
ハティニの子供たちはそれぞれの家族のもとで泣き叫んでいるのだ

(※繰り返し)

白いコウノトリは飛んでいく パレーセと静寂の生命のもとで
どこかの沼地にある墓群 凍えるような雷鳴
白いコウノトリは飛んでいく 愛しき故郷を飛んでいく
我らの愛しき大地に 秋には 大きな翼で――

(※繰り返し)


歌詞から分かる通り、大祖国戦争を舞台にした曲です。
曲中のハティニ(Хатынь)とはベラルーシ存在した村で、パルチザンを支援したことを理由に1943年8月22日にドイツ軍によって住民149人が殺害され、村ごと破壊されました。戦後、ソ連はハティニ村をナチスドイツによる民間人虐殺の証拠として採りあげ、1969年には村の跡地にモニュメントを建設しました。

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パレーセ(ベラルーシ語:Палессе 露語:Полесье)とは北ウクライナから南ベラルーシにかけての地域で、日本ではウクライナ語訳のポリーシャ(Полісся)の名で知られています。スラブ人の原生地で沼地が広がっている地域ですが、歌詞の後半に「どこかの沼地」という言葉があるのは当地がパレーセであるためです。

ヒースとはエリカ属の植物で、アフリカやヨーロッパに原生しています。花は歌詞の通り「赤紫色」です。

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Песнярыはベラルーシミンスクを拠点とするバンドであることから、ベラルーシの歴史をテーマとしたこの曲は積極的に演奏され、また現代にいたるまでも抜群の知名度を誇る曲として存在しています。


ВИА Песняры "Белоруссия" Песня года - 1976